
一昨日金曜日の話題が続きます。大谷資料館の採掘場跡を見学後、姿川に沿って大谷観音へ向かいます。

大谷資料館から歩いて10分、大谷寺に到着しました。大谷寺は御止山の洞窟の中に建てられています。810年、弘法大師によって開かれたと伝えられています。古代の横穴式住居だった洞窟に包み込まれた本堂はめずらしいそうです。本尊は大谷観音。大谷石の岩壁に彫られた立像で、高さ4mの千手観音。日本最古の磨崖仏と言われています。堂内にある10体の磨崖仏は、国の特別史跡と重要文化財の二重指定を受けています。

立派な赤門の中で睨みを利かせる朱色の仁王像。向かって右側は阿形の仁王像。

左側は吽形の仁王像。いずれも貫録あります。

仁王門をくぐると正面に洞窟。この中にお寺が建立されています。

歴史の重みを感じさせる扁額
右側の入口から洞窟内の中にある神秘的な寺院を見学します。岩壁に彫られた素晴らしい磨崖仏を見学してきました。撮影は禁止。代わりにパネルを紹介しておきます。

大谷寺本尊千手観音(高さ4m)は、平安時代(810年)弘法大師の作と伝えられています。古くから大谷観音と称され、鎌倉時代に坂東19番の霊場となり、多くの人々から尊崇されてきました。最初は、岩の面に直接彫刻した表面に赤い朱を塗り、粘土で細かな化粧を施し、更に漆を塗り、一番表には金箔が押され金色に輝いていました。最新の研究では、バ―ミヤン石仏との共通点が見られることから、実際はアフガニスタンの僧侶が彫刻した、日本のシルクロ―ドと考えられています。
千手観音には、千の手と、千の目が有ります。手のひらにも目があり、いつも私達を見守っています。そして、たくさんの手で宇宙にある全ての人々、生き物を救ってくださる有り難い観音様です。お参りの際は、その大きな心を想い、世界の平和と人々の幸せを願い、合わせて感謝の気持ちで合掌しお参りください(HPより引用、寺院内でも音声案内がありました)


先手観音を祀る本堂を抜けると、脇堂の壁面に現れるのは釈迦三尊・薬師三尊・阿弥陀三尊。こちらも見事な石仏でした。
10体の磨崖仏の見学を終え、宝物館を続いて見学しました。大谷寺の洞窟に見られる遺跡からは、縄文人が生活した跡があり、併設された宝物館では、大谷寺から発掘された1万年以上前と推定される人骨が展示されていました。

最後に弁手池を見学。池の中央に弁財天が祀られています。弁財天の脇には、心を入れ替えた毒蛇が白蛇となってお仕えしています。
この先から御止山に登ることができるようですが、一昨日は立ち入り禁止となっていました。

大谷寺を見学後、近くの平和観音を訪れます

平和観音は戦没者供養と世界平和を祈る27mの観音像です
昭和29年に完成、昭和31年には、日光輪王寺門跡・菅原大僧正により開眼供養が行われました。現在は、宇都宮市公園管理のもと自由に参詣できる憩いの場として、多くの人たちが訪れています。

階段を登り、間近に見上げることができます

平和観音の裏側から、先ほど訪れた大谷観音を見下ろします。御止山直下の洞窟に造られた大谷寺の様子が分かります。

平和公園内では奇岩を見ることができます。こちらは親子がえる。

スルス岩

天狗の投げ石 と説明にありました。

平和公園から駐車場へ戻る途中、日本では珍しい環状交差点(ラウンドアバウト)を通りました。7年前に訪れた時には無かったように記憶しているので、最近運用開始したのでしょう。ネット情報では昨年の2月に完成と掲載されていました。

姿川を上流に進むと奇岩が次々と現れます。亀岩と説明にありました。

民家の背後にも奇岩が迫っています。大谷石を全国的に有名にした「旧帝国ホテル」に使われた石材を切り出したことから、この周辺は「ホテル山」と呼ばれている採石場跡のようです。

しばらく上流を巡り戻ってきました。亀岩を北側から見た様子は「弁慶の太刀割り岩」と呼ばれているそうです。
奇岩を巡っているうちに12時近くになったので、近くの沖縄料理店で昼食休憩。その後は、訪れてみたかった壬生町に立ち寄ってから、自宅へ戻ることにしました。